「ツボ」を突く。

色々な「ツボ」を突いてみる。

「拝借した」クセに、「『宗教的要素』を排除した」って、どういうことや!

 

 アッシはウチの菩提寺で月一で行われる「座禅会」に参加している。

 

 本式の行程や企画(❓)から必要最小限のものを組み合わせたものになっていて、2,3の作法を覚えるだけで、初めての方でも古参の方と同じように参加できる。 30分 × 3回 + 10分休憩2回。

 

 門前の看板には「座禅会 毎月??日 19時より」とあるだけで、単純に無料である。 和尚とのそこそこ長いお付き合いから察するに、「禅宗仏教者として、可能かつ当然行うべき『世間への働きかけ』の一つ」と考えておられるようである。

 

 何年も参加しているが、やっぱり難しい。 「一言で言ったら、『ただ穏やかにスッと座るだけ』です。」と言う和尚の解説。…そう、ホンマにこれこそが「答」で、これだけなのだが、これがまさに「永遠のテーマ」。 この間なんか、何故か、座ってる間中ずーーーっと頭の中でAKBの「恋するフォーチュンクッキー」が流れていて、これがなかなか消えてくれない。 カラオケでも歌ったことないのに。

 

 これが上級者になってくると、無理に雑音や雑画に逆らわず、ボリュームを1か2くらいまで、つまり気にならないところまで落とせるという。 そう、「雑音は文字通り『鳴るもの』で、完全に消せるものじゃない。もし消せたら、その人は『死んでる』んや。」ということらしい。…なるほどね。

 

 おおっと、本題忘れてた。

 

 近年、かのスティーブ・ジョブズや、多くの有名アスリートが実践しているという「マインドフルネス」なる座禅・瞑想由来のリラクゼーション・リラックス法が話題になっている。

 

 心身ともに色々な効果があると言われ、応用されれる分野も愛好家の数も増え続けているらしく、「いいね!」ってな所なのだが、紹介や説明の多くに頭に来るものがある。某NHKの特集番組でさえ、そうだった。

 

 ⇒ マインドフルネスは、座禅や瞑想から「宗教的要素を排除」し、集中やリラックスの技法だけに構成したものです。

 

 というような、紹介が多い。

 

 ちょっと待てェエエ!!

 

 

 何かい! 仏教界は座禅や瞑想を「商標登録」でもしてたんかい! 「排除」ってなんや?「排除」って…。

 「使わしたるから、仏教に改宗せいや!!」ってなことでも言うたんかい!

 

 二千年強掛けて磨き上げたものを「借りとる」クセに、「排除」って何や!! 思いっきりディスッとるやないか!!

 

  何で普通に、「集中とリラックス要素に特化して『拝借しました』。」と言えんかね?

 

 

 

 個人的に、仏教は「一神と契約を結び、信仰する」宗教とは違い、「受験生の参考書」的な性格で、お釈迦様がいなくても自分個人で考えて生きていけるように「沢山の人生の数式・公式」が書かれたもの、だと考えている。

 

 つまり、仏教は「仏教だけに偏向させず、自分で苦悩して選択する」のも大事な教えの一つなのだ。最初から「オープン」なのだ。

 

 にもかかわらず、「宗教要素を排除して」と聞くとちょっと哀しい。

  

 

 ともあれ、笑顔になる人が増えるに越したことはない。

 そう、来月もシンプルに「座る」のみなのだ。

 

 合掌。