山本太郎、魂胆見えてるぞ~。
「自らの議席を捨ててまで、重度の障害者を優先して議会へ送り出した。」というの
が今回参院選におけるよく見られる彼の評価であるが、実はとんでもないと思う。
今回の場合のみかもしれないが、これほど配慮と戦略の無いやり方はないのだ。
あの党員構成で国会に登院するためには、どう考えても「体力を考慮したサポート陣
形」が重要なのだ。体力面で相当ハンディがあるお二人には、時には深夜早朝に及ぶこ
ともある国会本会の討議の場に居続けるだけでも拷問並みに過酷なはず。初めてと言っ
ても良いほど重度の障害者を、本当に登壇・活躍させるためには国会経験者である山本
自らも一緒に当選・登院・サポートする策でないと成り立たないと思うのだ。
つまり、党として役割を果たすには、交代で休憩を入れたりして最低限誰か一人が必
ず会議場で議事に参加している形にしないと公約以前の問題になってしまう。そうなる
と、どうしても山本自らが当選・登院する必要があるのだ。
もし、そこまで山本が考えていたならば、今回のように障害者2人が当選する形は取
らないはずだ。
あるいは、自分も当選して当然と思っていたのか?
そもそも彼の政治焦点はコロコロ変わるし、一見、会派を組んで公約実現に向けて動
いたかと思えばすぐに会派を解いて少数に戻ろうとする。本当に涙ながらに熱く語る公
約を果たしたいなら、もう少し会派や党員が増えるまで(地力がつくまで)我慢しそう
なものだが、今回もほぼ小規模体制に戻って選挙に出た。
理由は明らかだ。彼に「公約」などというものはない。議場においてマイノリティと
して「孤軍奮闘」する「自己陶酔」こそが彼の目的なのだ。まさに「劇場型」と言って
も良いと思う。
本当に会派や党員が増えて議席を勝ち取り、公約を実現させなければならなくなるの
は困るのだ。残念ながら「N国党」が出てきたことで、彼の魂胆が浮き彫りになってし
まった。ご愁傷様である。
合掌。